その夜、スマホが震えたのは午前1時を過ぎた頃だった。
「起きてる?」

大学の時の男友達からのメッセージだった。深夜に突然の連絡なんて珍しい。特に、用もなく連絡を取るような仲ではなかったから、少し驚いた。でも、彼の名前を見た瞬間、何となく察した。きっと、恋愛の話だ。
「起きてるよ」
そう返すと、すぐに電話がかかってきた。
「…ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
彼の声は、いつもより少しだけ沈んでいた。
「彼女と、別れそうなんだ」
そこから、彼はぽつぽつと話し始めた。付き合って一年ほどになる彼女がいる。でも最近、彼女との関係がうまくいっていないらしい。喧嘩をするわけではない。むしろ、大きな問題があるわけでもない。それなのに、彼女が不安定で、時折泣きながら「私たち、もうダメなのかな」と言うのだそうだ。
「別に嫌いになったわけじゃないんだよ。でも、なんていうか、疲れちゃったんだよね…」
彼の言葉を聞きながら、私はなんとなく察した。
「相手、回避型っぽくない?」
そう言うと、彼は「ああ、そうかも」と苦笑した。彼女は感情の起伏が激しく、愛情を求めるくせに、いざ彼が近づくと逃げようとする。何かを言えば「本当にそう思ってる?」と疑い、沈黙すれば「なんで何も言ってくれないの?」と責める。まるで心のどこかで、恋が壊れることを前提にしているようだった。
「俺さ、振り回されてるのかな」
彼の声が少し弱々しく聞こえた。私は、彼の気持ちが痛いほど分かった。
なぜなら、昔の私も同じような恋愛をしていたから。
私自身も、回避型だった。
深く人と関わるのが怖かった。心のどこかで、「どうせいつか離れていくのだから」と思っていた。だから、相手に愛されることを望みながら、いざ近づかれると逃げたくなる。関係が深まるほど、居心地が悪くなる。愛されることへの安心感よりも、失うことへの恐怖の方が勝ってしまう。そんな恋愛を繰り返していた。
だから、彼の話を聞いていて、妙に懐かしい気持ちになった。
「たぶんさ、彼女、愛されたいんだと思う。でも、同じくらい、愛されることが怖いんだよ」
そう言うと、彼は「どうすればいいの?」とため息混じりに聞いた。
私はしばらく考えてから、正直に答えた。
「正直、それは彼女が自分で乗り越えることかもしれない」
回避型の恋愛は、結局のところ、本人が向き合うしかない。いくら相手が愛を注いでも、それを受け取る準備ができていなければ、いつまでも不安に苛まれる。もちろん、支えてあげることはできる。でも、最終的に彼女が変わらなければ、彼の疲れは募る一方だ。
「彼女が本当に変わりたいと思っているなら、向き合う価値はあると思う。でも、そうじゃないなら…」
言葉を選びながら、ゆっくりと伝えた。
「たぶん、その関係は、君がどこかで限界を迎えると思う」
電話の向こうで、彼が静かに息を吐いたのが分かった。
「…そうかもしれない」
彼はしばらく黙っていた。考え込んでいるのが分かった。でも、やがて小さく笑い、「なんか、少し気持ちが晴れたわ」と言った。
「ありがとう」
その言葉を聞いて、私も少し安心した。
「回避型の恋愛って、難しいよね」
そう言いながら、私はふと、昔の自分を思い出していた。
私も、なかなか人と深いつながりを持つことができずに苦しんだ。愛されることを望んでいながら、それを素直に受け取ることができなかった。「この人は本当に私を好きなのか?」という疑いが、いつも心のどこかにあった。
でも、そんな自分と向き合い、少しずつ変わってきた。今の私は、あの頃よりもずっと、素直に人と関われるようになったと思う。深い関係を怖がらずに、相手の気持ちを受け取ることができるようになった。
それでも、こうして友達の恋愛相談を聞いていると、懐かしい気持ちが胸をよぎる。まるで、昔の自分をどこかに見つけたような気がして。
「ああ、私もこんな風に誰かを振り回していたのかもしれないな」
そう思うと、少しだけ切なくなった。でも、同時に、私はもうそこにはいないのだと実感する。
「おやすみ」
電話を切ると、夜の静けさが戻ってきた。私はスマホを枕元に置き、深く息を吐いた。
過去の自分を思い出して、懐かしくなることがある。昔の恋愛、昔の不安、昔の迷い。そんなものたちが、ふとした瞬間に顔を出す。でも、それをただ懐かしいと思えるということは、私はもうあの頃の私ではないのだ。
そう思うと、少し誇らしい気持ちになった。
私は、過去を抱きしめるようにして、静かに目を閉じた。
懐かしさを胸に抱きながら、私はその夜、ゆっくりと眠りについた。
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