初恋は、たぶん10才

初めて「好き」という気持ちを自覚したのは、10歳のときだった。小学生の頃、特に意識せずに男の子と遊んでいた私は、「恋愛」というものをどこか遠い世界の話のように感じていた。テレビのドラマや少女漫画の中にはあるけれど、まだ自分には関係のないもの。そんな風に思っていた。

だけど、その転校生に出会ったとき、世界が少し違って見えた。

彼は、こんがりと焼けた小麦色の肌をしていて、少し大人びた顔立ちだった。口数は少なく、どこかクールな雰囲気をまとっていた。サッカーが得意で、休み時間になると校庭でボールを蹴っていた。無邪気に走り回るクラスメイトの中で、彼はどこか別の世界の住人のように見えた。

私はそんな彼が気になって、でも気持ちをどう表せばいいのかわからなくて、ただ同じグループで遊ぶことを選んだ。お互いに口数は少なかったけれど、何となく同じ空間にいることが心地よかった。彼と一緒にいると、心臓が変なリズムで跳ねるのが分かった。誰かと話すだけでこんなに緊張することがあるなんて、そのとき初めて知った。

「これが、好きってことなのかな?」

そんな感覚が芽生えたのは、彼が転校してきてしばらく経った頃だった。

学校の帰り道、彼と偶然一緒になると、何を話せばいいのか分からなくなって、ただ黙って歩くしかなかった。それでも、隣に彼がいるだけで嬉しかった。言葉にしなくても、同じ時間を共有できることが何よりも大切に思えた。

私は、彼に4年間片思いをした。

小学生の頃は、ただ彼の近くにいられればよかった。でも、学年が上がるにつれて、その気持ちはどんどん大きくなった。どうしても彼に気づいてほしくて、些細なことで名前を呼んだり、話しかけたり、わざと遠回りして彼と帰る道を選んだりした。彼の何気ない一言に一喜一憂し、彼の視線が向いただけで心が跳ねる。

そうして4年が経った頃、私はとうとう彼に気持ちを伝えた。

卒業間近のある日、放課後の教室で、私は意を決して「好きです」と言った。人生で初めての告白だった。声が震えて、心臓が破裂しそうだった。だけど、彼は少し恥ずかしそうにしながらも、「俺も好きだった」と言ってくれた。

夢のような瞬間だった。片思いだったはずの気持ちが、ちゃんと届いていたことが信じられなかった。

それから、私たちは「付き合う」ということになった。だけど、小学生の恋なんて、何をすればいいのか分からない。デートをするわけでもなく、特別に何かが変わったわけでもなく、ただ「私たちは両想いなんだ」と思うだけの日々だった。

唯一、記憶に残っているのは、地元の公園で自転車の二人乗りをしたこと。夕暮れの公園、彼の背中にそっと手を添えて、そろそろと進む自転車。風が心地よくて、ほんの少しだけ彼の体温を感じることができた。多分、それが私たちの「付き合っていた」唯一の証だった。

だけど、中学に上がると、私たちは別々の学校になった。お互いの生活が忙しくなり、だんだんと話す機会が減っていった。もともと多くを語らない関係だったから、連絡を取り合うこともなくなり、気がつけば自然と離れていった。

手をつなぐことも、恋人らしいことをすることもなく、私たちの恋は静かに終わった。

それでも、彼のことを忘れることはなかった。

初恋というものは、どこか特別な場所にしまわれて、ふとした瞬間に蘇るものだ。

そして、彼に最後に会ったのは、私が25歳のときだった。

地元の駅前で偶然再会した。昔と同じように、こんがりと焼けた肌に、少しクールな雰囲気。だけど、少年だった彼はすっかり大人になっていた。

「久しぶり」

そんな一言を交わして、少しだけ立ち話をした。お互いの仕事のこと、最近のこと、そんな他愛のない話をして、私は気づいた。

私は、彼のことを「初恋の人」としてずっと心のどこかに大切にしまっていたんだな、と。

あの頃の気持ちは、もう恋ではない。でも、彼が私の世界を初めて色鮮やかにしてくれたことは、今でも変わらない事実だった。

「じゃあ、また」

そう言って別れた彼とは、それ以来会っていない。彼がどんな人生を歩んでいるのかは分からない。だけど、私の中で彼は、10歳の頃の記憶のまま、ずっと変わらずにいる。

初恋は、きっと一生忘れられないものだ。

その甘酸っぱさも、切なさも、あのときのドキドキも。

初めて「好き」という感情を知ったあの日のことを、私はこれからもずっと、心の中でそっと抱きしめて生きていくのだと思う。

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